アジア仏教写本と製紙文化

― ネパール・チベット・シャン・ミャンマーの紙と寺院の書物制作
紙の生産と寺院の書物制作 ―

約40年前、和紙原料となるポカサの仕入れのため、私は北部タイを定期的に訪れていた。その折、古物書を扱う店頭で数点の古書・写本を見つけ、資料として購入した。当時は文字や内容、紙の製法まで十分に調べることができなかったが、現在あらためて見直してみると、ネパール、チベット、シャン、ミャンマー、タイ周辺の製紙文化と仏教写本の関係を考えるうえで、非常に興味深い資料であることが分かってきた。

本稿は、それらの実物観察から始めた予備調査の記録である。本稿は、所蔵する実物資料の観察写真をもとに、文字、装丁、支持体、製紙・加工技術の観点から行った予備調査をまとめたものである。確定できる事項と、比較資料から導く仮説を区別して記述する。紙の原料植物、制作年代、制作地、本文の書名・言語については、写真のみで断定せず、実物観察、繊維同定、専門家による文字読解、将来のフィールドワークによって検証することを前提とする。

1.調査の目的

今回の資料群は、ヒマラヤから東南アジアにかけての仏教写本文化を、本文内容だけでなく「何に、どのように書いたか」という支持体の技術史から比較できる点に価値がある。ネパールでは積層した靭皮紙、チベット文化圏では厚手の靭皮紙、シャン文化圏では紙製折本、ミャンマーではヤシ葉(貝葉)という異なる支持体が確認・推定される。材料が変化しても横長の書物形式が継承される例があり、貝葉文化と紙文化の連続性、さらに原料産地と経典制作地の関係を考える実物資料として興味深い。

2.資料A ネパール仏教写本―四枚合わせの積層紙

細長い横長葉10枚と、彩色・彫刻を施した木製経典板からなる。本文中には小型の仏・尊像図が描かれている。文字はネワール系(Nepālākṣara/Newar系)書体の可能性が高いが、Bhujimol、Prachalit、Rañjanā等の厳密な書体判定と本文同定は未了である。(これらは言語の違いではなく、ネワール系文字の歴史的な書体・字形の違いである。)

仏像と古代の経典が描かれたアートワーク。上部に六体の仏像、中央に経典のテキスト、下部に彩色された神々の図柄がある。
図1 資料Aの全体像。彩色された木製経典板と、仏・尊像を描いた横長写本葉。
彫刻が施された二つの木製板と中央に古い経文がある紙片の画像
図2 資料Aの別角度。彫刻を施した木製経典板と、中央に彩色仏画をもつ写本葉。

紙については、損傷部を実物観察した結果、1枚の葉が薄紙4枚を貼り合わせた「四枚合わせ」であることを確認した。透過光では長い靭皮繊維が認められる一方、現在の撮影条件では規則的な簀目・糸目は明瞭ではない。原料をロクタ(Daphne属)等と断定することはできないが、ヒマラヤ地域の靭皮紙伝統との比較が必要である。(ロクタ(Lokta):ネパール山地に自生するDaphne属を中心とするジンチョウゲ科植物。樹皮の靭皮繊維を用いて伝統的な手漉き紙が作られる。)

古い書物のページに記された文字
図3 資料Aの透過光観察。長い靭皮繊維と不均一な地合が見える
古い紙が手に持たれ、表面にシミや汚れが見える。
図4 資料Aの透過光観察。実物では薄紙4枚の貼り合わせが確認された。

重要な比較例として、Smithsonian National Museum of Asian Art所蔵の1678年カトマンズ製『Kāraṇḍavyūha Sūtra』(観音菩薩の功徳と救済活動を説く大乗仏教経典。六字真言「oṁ maṇipadme hūṁ」の重要な典拠として知られる。ネパールでは彩色木製経典板と多層紙を用いた写本例が残る。)は、支持体が「handmade multi-layered paper」と明記され、木製経典板と彩色を伴う。これは資料Aの年代を示すものではないが、17世紀カトマンズで多層紙を用いた仏教写本制作が成立していたことを示す。[1]

3.資料B チベット文字による図解写本

横長の冊子状資料で、本文はチベット文字。黒書に赤書を交え、蛇状の図、人物と容器を伴う彩色図、鳥に乗る人物像、器具または模式図のような図解を含む。内容は医学・薬学・占星術・儀礼・占術等との関連が考えられるが、現段階で医学書と断定することはできない。

紙は肉眼上、長い植物靭皮繊維を含む厚手紙に見える。ただし、単紙か積層紙か、原料がStellera、Daphne、Edgeworthia、Broussonetia等のどれに相当するかは未確認である。チベットではStellera属の根繊維やpaper mulberryが写本紙に用いられた事例が知られる。[5](Stellera、Daphne、Edgeworthiaはいずれもジンチョウゲ科の植物で、チベット・ネパール・ブータンなどヒマラヤ地域の伝統紙原料として利用される。Daphneはネパールのロクタ紙、Edgeworthiaは日本の三椏と同属である。一方、Broussonetiaはクワ科で、paper mulberryとして日本の楮紙、タイのSAA paper、シャン地域の紙などに関係する重要な製紙原料である。)

古い本で、表紙が傷んでいる。
図5 資料Bの外観。横長の冊子状構造と、長辺に沿う装丁要素が見える。
古い石に刻まれたチベット語の文字と図形が描かれている
図6 資料Bの図解ページ。チベット文字本文と器具・模式図のような図を含む。
古い手書きの文書に描かれた2人の人物が、中央の物体を持ちながら対話している様子。背景には文字が書かれている。
図7 資料Bの彩色図。人物と容器を伴う場面が描かれている。

4.資料C シャン文化圏の紙製折本(pap top / parabaik)

白色から淡褐色の紙を蛇腹状に折った横長の折本。文字はミャンマー系の円形文字体系に属し、比較資料との照合からシャン文字系が有力である。ただし、シャン文字でシャン語・パーリ語・ビルマ語が書かれる例があるため、「文字」と「言語」は分けて判定する必要がある。

SOAS Libraryの調査では、シャン紙写本の主要形式として巻物pap kenと蛇腹式折本pap top(parabaik)が挙げられ、シャン州だけでなく雲南国境地域、北タイ、カヤー州、カチン州等を含む広い文化圏に資料が分布する。[8]

紙は比較的均一で、折りに耐える厚みと柔軟性を備えている。British Museumは、植民地以前のビルマの紙がShan Statesでpaper mulberry(Broussonetia papyrifera)の内皮から作られたと説明しているが、資料Cそのものの原料植物は未同定である。[9]

古い手書きの文書が写っている画像。
図8 資料Cの紙製折本。円形の文字、横長の紙面、多重の囲み線が確認できる。
古い文書に書かれた手書きの文字が見える画像
図9 資料Cの本文ページ。整った筆跡と反復する区切り記号が見える。
古い紙に手書きの文字が見える画像
図10 資料C末尾付近の小書き。本文とは異なる筆跡で、所有・寺院・整理記号等の可能性があるが未読。

5.資料D 金装小口をもつ未書写の貝葉束

細長く裁断され、角を丸く整えた多数の葉からなる。すべて無地で文字はなく、束ねた状態の小口が金色に仕上げられている。表面には長手方向の細かな筋が見え、手漉き紙の地合よりもヤシ葉の組織に由来する特徴と考えるのが自然である。

現段階では「ミャンマー系の未書写貝葉(blank prepared palm leaves)の束」を第一候補とする。ただし、植物種、制作地、年代、金装材料(金箔・金泥・金色塗料等)は未分析である。また写真では一般的な貝葉写本にみられる綴じ穴が明瞭ではなく、完成した空白冊子なのか、書写・穿孔前の準備済み材料なのかは今後の確認事項である。

ミャンマーの貝葉写本では金装小口や朱漆装の例が知られ、金装はKammavācāだけに限定されない。資料Dは、文字を書く以前の貝葉加工工程を観察できる点で特に価値がある。

木材のサンプルが重ねられた画像。
図11 未書写の貝葉束。細長く裁断・整形され、すべて無地である。
金色のページが重なった本の一部
図12 束ねた貝葉の小口。金色の仕上げが施されている。
積まれた木製の板の束
図13 未書写貝葉の全体。葉面には長手方向の筋が見える。

6.4資料の比較

資料地域候補支持体形態・製法現段階の要点
A ネパールカトマンズ盆地を含むネワール文化圏靭皮紙薄紙4枚の貼合せ積層紙を実物で確認。原料・年代・本文は要同定
B チベットチベット文化圏厚手靭皮紙と推定横長冊子・図解入り文字はチベット文字。内容・原料・制作地は未確定
C シャンシャン州を中心とする広域文化圏紙(paper mulberry系が比較候補)蛇腹式 pap top / parabaikシャン文字系が有力。言語・書名は専門読解が必要
D ミャンマー貝葉ミャンマー系を第一候補ヤシ葉(貝葉)未書写葉束・金装小口書写前の準備済み材料の可能性。植物種・穴・金装法を要確認

7.製紙・書物史から見た暫定的な考察

4資料を並べると、「貝葉から紙へ」という単純な一方向の交代ではなく、地域ごとに異なる材料技術と書物形式が併存・継承していたことが見えてくる。ネパールでは貝葉由来の横長pothī形式を紙が引き継ぎ、しかも薄紙を貼り合わせて写本用の厚さ・剛性を得る技術が確認される。シャン文化圏では紙そのものを蛇腹状に折ることで冊子化し、ミャンマーではヤシ葉を高度に加工・装飾して使用する伝統が長く続いた。(pothī(ポーティー)形式とは、インド・ネパール・チベットなど南アジア~ヒマラヤ地域で広く見られる、細長い横長の葉を重ね、上下を板で挟む伝統的な経典・写本形式です。)

製紙史研究では、紙を「原料繊維」だけで分類するのではなく、抄紙、貼合せ、サイジング、研磨、折り、裁断、金装、装丁までを、一連の書写材料製造技術として捉える必要がある。今回の資料群は、その比較研究に適した実物資料群となる可能性がある。

8.今後の調査項目

  • 寸法・葉数・厚さ・重量を資料ごとに統一様式で記録する。
  • 透過光・斜光・拡大写真を同一条件で撮影し、簀目、繊維長、地合、積層構造を比較する。
  • 自然に生じた損傷部のみを利用し、資料を新たに剥離・損傷させず層構造を記録する。
  • 必要に応じて非破壊または微小試料による繊維同定を検討する。
  • 資料AはNewar文献、資料Bはチベット文献、資料CはShan文献の専門家に文字・言語・奥書を照会する。
  • 資料Dは綴じ穴の有無、金装範囲、葉面研磨、植物組織を重点的に観察する。

9.紙の生産地と経典制作地―仏教寺院を中心とした書物生産ネットワーク

今回調査した資料を比較すると、単に「どこの紙か」「どこの経典か」という産地表示だけでは捉えきれない問題が見えてくる。原料植物の採取地、紙または貝葉の一次生産地、紙の仕上げ加工地、書写・版木彫刻・印刷地、彩色・装丁地、最終的な使用・保管寺院が、必ずしも同一地点ではなかった可能性である。

本稿では現地フィールドワークをまだ行っていないため、個々の資料について「この村の紙をこの寺院で加工した」と断定することはできない。しかし、チベットでは製紙から印刷・仕上げまでを行う印経院が現存し、ネパール、ミャンマー、北タイにも寺院共同体または僧侶が写本制作に直接関与した事例が確認できる。したがって、「寺院を核とする書物生産ネットワーク」という仮説は、比較研究の出発点として十分に成立する。

9-1.地域別にみた支持体生産と経典制作

地域紙・支持体の生産寺院等での経典制作証拠の位置づけ
ネパール高地・丘陵地でロクタ紙生産Patan等のVihara・Bajracharyaによる写本制作紙産地と都市加工の分業は近現代資料で明確。古写本への適用は仮説
チベットDergeでは製紙工程を含む印経院で編集・版木・校正・印刷・仕上げ直接確認
シャン/ミャンマーShan Statesでpaper mulberry紙生産の記録村落写経者・僧院で写本制作、教育用大量写本直接事例あり
北タイ・Lanna貝葉を中心とする写本文化僧侶・住職による儀礼文書の書写直接事例あり
中央タイ・Ayutthaya系khoi紙による折本文化寺院・宮廷・専門職人を結ぶ写本文化実物写本・公的資料による直接確認
ラオス・Luang Prabang貝葉およびsa(桑)紙寺院に多数の貝葉・紙写本が集積寺院が保存・利用の中心。制作地の個別特定は要検証

9-2.A ネパール―山地製紙とカトマンズ盆地の写本文化

ネパールの伝統的ロクタ紙は、高地に自生するDaphne類の内皮を原料とする。FAOの事例研究では、ロクタは高山林から採取され、紙漉き職人は原料地に近い農村に居住する一方、ブロックプリント等の高次加工技術は主としてKathmandu Valleyに集中すると報告されている。BaglungのHatiya森林で原料を採取し、隣接するParbatのPang・Nanglibangで製紙し、都市側で加工・販売する分業も記録されている。

一方、British LibraryのEndangered Archives Programmeに収録されたPatanのPR Bajra Collectionは、Viharaの管轄内で活動するBajracharya本人が所蔵写本の大部分を制作したと明記する。またAkshesvar Mahavihara Collectionは、Sutra・Tantra・Shastraを含む重要な仏教写本群を伝える。

資料Aに最も重要な比較例は、1678年カトマンズ製『Kāraṇḍavyūha Sūtra』である。Smithsonianは、木製経典板、handmade multi-layered paper、不透明水彩からなると記録する。これらを総合すると、山地で一次製紙を行い、Kathmandu ValleyのVihara・Bajracharya・絵師・木工等の宗教工芸ネットワークで選別、貼合せ、書写、彩色、経典板制作を行った可能性を研究仮説として提示できる。 ただし、資料Aの「薄紙4枚貼り合わせ」工程そのものが、山地の紙漉き場ではなくカトマンズ盆地側で行われたことを示す直接史料は未確認である。これは今後のフィールドワークで最優先に検証すべき点である。

9-3.B チベット―寺院・印経院が出版機構として機能した確実な事例

2人の男性が小さな作業台で作業している様子。
木製の印刷プレートに施された彫刻のデザイン
図14 徳格印経院での二人一組で木版印刷。長尺の薄葉紙に印刷をしている。右は板木。

この仮説を最も明瞭に示すのが東チベットKhamのDerge Parkhang(徳格印経院)である。1729年創設で、現在も伝統的な木版印刷を行う。Rubin Museumの記録では、植物根を砕いて紙料を作る工程から、製紙、版木彫刻、編集・校正、印刷、仕上げ、販売までが連続した工程として記録されている。

Dergeでは、書家が版下を書き、版木彫師が文字を反転して彫り、編集・校正を経て修正し、印刷職人が紙を版木に当てて摺るという分業が行われる。つまり、製紙工場、編集部、印刷所、仕上げ部門、頒布所に相当する機能が、宗教出版機構の中に統合されている。

チベットの写本紙についてRubin Museumは、Stellera属の根繊維や、東チベット・中国方面のpaper mulberry(Broussonetia属)が用いられたと紹介している。

資料Bを特定の印経院に結び付ける証拠はまだないが、「地方の原料・製紙→寺院または印経院での書写・印刷→経典仕立て」という制度的背景の中で比較することはできる。また、寺院で印刷・経典仕立てを見聞したという現代の証言は、Dergeに現在も残る実践とよく整合する。

9-4.C シャン/ミャンマー―紙産地、写経者、僧院教育

British Museumは、植民地以前のビルマで、paper mulberry(Broussonetia papyrifera)の内皮から作る紙がShan Statesで製造されたと説明している。

同館の白い桑紙製シャン折本は、Shan・Burmese・Paliの3言語をすべてShan scriptで記し、奥書から写経者Maung Yin SupiyaがShan StatesのNabon villageで活動していたことが分かる。これは、紙生産と書写が同じ文化圏にありながら、別の職能として存在した可能性を示す。

ミャンマー僧院についてはさらに直接的な事例がある。HalinのNyaung-ko-bin-kyaung monasteryには、18~19世紀に仏教正典を確保するために写されたPaliおよびPali-Burmese写本群があり、さらに約150点の19世紀写本が沙弥・若い僧侶の教育用として制作されたと記録されている。

同じHalin地域のKhemāsīvaṃ monastery関連コレクションでは、Vā chui monasteryが写本制作に活発で、地域史上知られる大量再写事業の一つを担ったとされる。

したがって資料Cについては、「Shan States等での製紙→村落写経者・僧侶→僧院での教育・儀礼・保存」というネットワークを想定することは、単なる想像ではない。ただし、資料Cそのものの奥書が未読であるため、制作村・寺院はまだ特定できない。

9-5.タイ―北タイの貝葉文化と中央タイのkhoi紙文化を分けて考える

タイは地域差を分けて考える必要がある。北タイ・LannaではTai Tham文字による貝葉写本が多数残る。British Library所蔵の1881年LannaのKammavācāは、僧侶の授戒に使用される文書で、Wat Mae Kuey(Lampang)の元住職の筆跡とみられると記録されている。[13] これは、寺院の住職自身が儀礼文書の書写者であった直接事例である。

一方、中央タイ・Ayutthaya系では、khoi紙を蛇腹状に折ったsamut khoiが重要である。khoi紙はクワ科Streblus asperの樹皮を利用する伝統的な靭皮紙で、厚く丈夫で折本に適し、仏教文書、文学、医学、占星術、絵入り写本等に用いられた。北タイの貝葉文化と中央タイのkhoi紙文化を一括りにしないことが重要である。

1736年7月22日付の『Nanthopananthasut Kamluang(นันโทปนันทสูตรคำหลวง)』は、約190ページのkhoi紙写本で、仏陀がNanthopanantha-nāgaを教化する物語を翻訳・文学的に展開した作品である。2025年にUNESCO「世界の記憶」に登録された。

このような資料から、タイでも「原料・製紙職人→書写僧または専門書写者→絵師・漆工・金工→寺院・宮廷」という分業型の制作ネットワークを検討できる。

9-6.ラオス―寺院に集積する貝葉・紙写本

British LibraryのBuddhist Archive of Luang Prabangでは、Vat Saen Sukkharam Monasteryに762点の貝葉写本と87点の紙写本が伝わることが記録されている。

同コレクションには、sa(桑)紙を用いた儀礼・暦・呪術関連の写本も含まれ、紙写本が僧侶の居所や経蔵に保管されている。[16] これは寺院が少なくとも写本の保存・教育・儀礼利用の中心であったことを示す。個々の写本が寺院内で制作されたかどうかは、奥書単位で検証する必要がある。

9-7.共通モデル―寺院を核にした宗教工芸ネットワーク

原料植物の採取地
↓
紙・貝葉の一次生産地
↓
宗教都市・寺院集積地へ流通
↓
経典用紙への加工・裁断・貼合せ・研磨
↓
書写または版木印刷
↓
仏画・彩色・金装
↓
経典板・漆装・包装
↓
寺院で読誦・教育・儀礼・保存

チベットDergeでは、この連鎖のかなりの部分を一施設・一制度の中で確認できる。ネパールでは山地製紙とKathmandu Valleyの写本文化、シャン/ミャンマーではShan Statesの製紙と僧院・村落写経者、北タイでは住職自身による書写という具体例がある。

したがって研究課題は、「寺院で経典を作っていたか」という二者択一ではなく、「寺院を核とした生産ネットワークの中で、製紙、紙加工、書写、印刷、彩色、装丁を誰が、どこで担当したか」を具体的に追跡することにある。

9-8.用語解説

khoi紙(コイ紙):タイで伝統的に作られてきた靭皮紙。主な原料はクワ科Streblus asper(タイ語でkhoi)。比較的厚く丈夫で、蛇腹折りのsamut khoiに用いられる。中央タイの仏教文書・文学・医学・占星術・絵入り写本などに広く使用された。

samut khoi:khoi紙を長くつなぎ、蛇腹状に折り畳んだタイの紙製折本。白地・黒地の双方があり、文字と絵画を組み合わせた例が多い。

pap top / parabaik:シャン・ミャンマー文化圏でみられる蛇腹式紙写本。SOASのシャン写本調査ではpap topを主要形式の一つとしている。

10.総括―現段階の結論

今回の第一次調査で最も確実な新知見は、①資料Aのネパール写本紙が薄紙4枚の貼合せであること、②資料Cがシャン文化圏に属する可能性の高い紙製折本であること、③資料Dがミャンマー系とみられる金装小口の未書写貝葉束であることである。

さらに比較調査から、仏教写本の制作は「一つの寺院の中ですべてを作る」場合だけでなく、原料産地、製紙地、宗教都市、寺院、書写者、版木彫師、絵師、木工、漆工、金工等が結びつくネットワークとして捉える必要があることが明らかになった。チベットではDerge Parkhangがその統合型の実例であり、ネパール、シャン/ミャンマー、北タイにも寺院共同体や僧侶が写本制作に関与した直接事例が存在する。

一方、今回の所蔵資料A・B・Cについて、紙の原料産地と具体的な制作寺院を直接結び付ける証拠はまだない。したがって、本稿の最終的な意味は「産地を断定すること」ではなく、実物の紙質・装丁・文字・奥書と、地域の製紙・宗教施設の歴史を結び、今後のフィールドワークで検証すべき具体的な問いを提示したことにある。

参考文献・オンライン資料

[1] Smithsonian National Museum of Asian Art, “The Karandavyuha Sutra,” 1678, Kathmandu, Nepal. Material: wood, handmade multi-layered paper, opaque watercolors. 参照ページ

[2] FAO, “Case Study 4 - Entrepreneurship and access: handmade paper from lokta bark,” The Culture of Access to Mountain Natural Resources. 参照ページ

[3] British Library, Endangered Archives Programme, EAP1296/3, “PR Bajra Collection,” Patan, Nepal. 参照ページ

[4] British Library, Endangered Archives Programme, EAP1296/2, “Akshesvar Mahavihara Collection,” Lalitpur, Nepal. 参照ページ

[5] Rubin Museum of Himalayan Art, Project Himalayan Art, “Using Paper.” 参照ページ

[6] Rubin Museum of Himalayan Art, “Inside the Derge Parkhang: A Living Tradition of Tibetan Woodblock Printing.” 参照ページ

[7] Rubin Museum of Himalayan Art, “Derge Parkhang: The Auspicious Treasury of Tibetan Woodcut Printing.” 参照ページ

[8] SOAS Library, “Uncovering Shan Manuscripts at SOAS Library.” 参照ページ

[9] British Museum, Collection object 2011,3015.1, “parabaik.” 参照ページ

[10] British Museum, Image asset 1613133819, Shan concertina manuscript on white mulberry paper; Shan, Burmese and Pali in Shan script. 参照ページ

[11] British Library, EAP756/1, “Manuscript collection of Nyaung-ko-bin-kyaung monastery,” Halin, Myanmar. 参照ページ

[12] British Library, EAP756/2, Khemāsīvaṃ monastery collection, Halin, Myanmar. 参照ページ

[13] British Library, Or 15084, “Kammavācā,” Lanna, Northern Thailand, 1881. 参照ページ

[14] UNESCO Memory of the World, “The Manuscript of Nanthopananthasut Kamluang (22 July, 1736),” registered 2025. 参照ページ

[15] British Library, Endangered Archives Programme, EAP691/3, “Collection from Vat Saen Sukkharam Monastery,” Luang Prabang, Laos. 参照ページ

[16] British Library, EAP691/3/5/52, mulberry (sa) paper manuscript, Vat Saen Sukkharam Monastery, Luang Prabang. 参照ページ

[17] FAO, “Non-Wood Forest Products in 15 Countries of Tropical Asia: Nepal,” overview of lokta paper and traditional uses. 参照ページ

(オンライン資料はいずれも2026年9月28日確認。)

掲載にあたっての注記

本稿は、所蔵資料の第一次予備調査を公開する研究ノートである。写真観察と公的機関・博物館・図書館の比較資料に基づくが、資料A・B・Cの制作地、年代、植物種、書名・言語等は今後の調査によって修正される可能性がある。特に「紙の産地→経典制作地」の経路は、地域一般の事例から構築した研究仮説であり、個々の所蔵資料の来歴を直接証明するものではない。

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