阿波和紙と忌部神社―麻・自然環境から見る阿波の地域文化
Awa Regional Culture through Shrines, Washi, Hemp, and the Natural Environment
私たちは、1983年から毎年夏に、手漉き和紙の研修会を開催しています。近年は、和紙の技術だけでなく、その背景にある地域の歴史や文化についても知っていただくため、研修の一環として忌部神社を訪れるようになりました。
外国から日本を訪れた皆さんは、言葉や生活習慣が異なる中で、神社や仏閣を訪問する機会も多いと思います。しかし、日本人の神社への接し方は、一般に「宗教」という言葉から想像されるものとは、少し異なる面を持っています。
日本人にとって神社は、信仰の場であると同時に、自然への感謝、祖先への敬意、地域の歴史や暮らしの記憶を受け継ぐ場所でもあります。日常の中で神社を訪れる人のすべてが、必ずしも強い宗教的意識を持っているわけではありません。それでも、境内に入れば静かに振る舞い、自然や先人に敬意を表します。
こうした日本人と神社との関わり方を少しでもお伝えすることができれば、和紙をはじめとする伝統工芸が、単なる製品や製造技術ではなく、地域の自然、歴史、信仰、暮らしの中から生まれ、受け継がれてきた文化であることを、より深く理解していただけるのではないかと考え、この資料をまとめました。
和紙の主な原料は、楮、三椏、雁皮などの植物です。
本日は、阿波和紙と忌部神社[i]、そして麻や楮などの植物が、どのようにつながっているのかについてお話しします。
皆さんは、和紙を学ぶために阿波和紙伝統産業会館を訪れています。それにもかかわらず、なぜ和紙の工場や紙漉き場だけでなく、神社を訪ねるのでしょうか。
その理由は、阿波和紙が単なる紙製品ではなく、この地域の自然、歴史、信仰、暮らし、そして人々のものづくりの精神の中から生まれてきたものだからです。
紙だけを見ても、阿波和紙の全体を理解することはできません。
山に生えている植物、川を流れる水、人々が受け継いできた技術、自然に対する感謝、そして地域の歴史をあわせて見ることで、初めて阿波和紙という文化の姿が見えてきます。
1.阿波和紙は植物から生まれる
和紙の主な原料は、楮、三椏、雁皮などの植物です。
阿波和紙では、特に楮が重要な原料として使われてきました。
楮は、一年で長い枝を伸ばします。冬になると枝を刈り取り、蒸して皮を剝ぎます。その皮から黒い表皮や傷んだ部分を取り除き、白い繊維だけを残します。
その後、繊維を煮て柔らかくし、水で洗い、細かく叩きます。こうして準備した繊維を水の中に分散させ、簀桁を使って薄い紙の層を作ります。
つまり、和紙は工場の中で突然生まれるものではありません。
山や畑で植物を育てるところから、すでに紙作りは始まっています。
種や苗を植え、草を刈り、水を与え、一年間育て、冬に収穫する。その後も、皮を剝ぎ、洗い、煮て、叩き、漉き、乾かすという多くの工程があります。
一枚の紙ができるまでには、自然の時間と、人間の長い手仕事が必要です。
その意味で、紙漉き職人は紙を漉くだけの人ではありません。植物を育て、自然の変化を見ながら仕事をする農業者のような一面も持っています。
2.紙と織物は同じ植物繊維から生まれる
阿波の文化を理解するうえで重要なのは、紙だけでなく、麻や織物との関係を見ることです。
紙と布は、一見するとまったく違うものに見えます。
紙は薄い一枚の面であり、布は糸を織って作ります。しかし、どちらも植物から取り出した繊維を利用しているという共通点があります。
麻の場合は、茎から長い繊維を取り出し、それを細く裂いたり、つないだり、撚ったりして糸にします。その糸を織ることで布になります。
一方、楮の場合は、樹皮から取った繊維を水の中で分散させ、薄い層に重ねることで紙にします。
つまり、植物繊維を長い状態のままつないでいけば糸や布[i]になり、細かくほぐして水の中で絡み合わせれば紙になります。
材料は似ていますが、加工方法の違いによって、布にも紙にもなるのです。
このように考えると、紙と織物は、別々の文化ではなく、植物繊維を利用する人間の知恵から生まれた、兄弟のような文化であることが分かります。
阿波には、麻から作られる麁服の伝統と、楮から作られる和紙の伝統があります。
この二つが同じ地域に残っていることは、阿波の大きな特徴です。
3.忌部氏に関する伝承
阿波には、忌部氏と呼ばれる人々が、麻や楮を植え、織物や紙の技術を伝えたという伝承があります。
ここで大切なのは、伝承と歴史的事実を区別することです。
伝承とは、地域の人々が長い間語り継いできた物語です。必ずしも、そのすべてが文献や考古学によって証明されているわけではありません。
しかし、伝承は単なる作り話でもありません。
なぜこの地域で麻や紙の文化が大切にされてきたのか、人々が自分たちの仕事や土地をどのように理解してきたのかを知る手がかりになります。
忌部氏についても、すべての活動を正確に確認できるわけではありません。
一方で、この地域には忌部氏に関係するとされる神社、古墳、地名、祭り、織物の伝統などが残っています。
そのため私たちは、忌部氏が紙漉きや織物の技術をすべて直接伝えたと断定するのではなく、阿波の植物繊維文化を象徴する存在として理解する必要があります。
伝承として語られていること、古い文献に書かれていること、考古学的に確認できること、現在の活動として受け継がれていることを分けて説明することが大切です。
天日鷲尊と全国に広がる信仰
忌部氏の祖神とされる天日鷲尊(あめのひわしのみこと)は、麻や織物に関わる神として伝えられるとともに、紙づくりとの関係からも注目されてきました。阿波では、忌部氏が麻や楮を植え、布や紙を作る技術を伝えたという伝承と結び付けて語られています。
天日鷲尊を祭神とする神社は、阿波だけではなく全国各地にあります。島根県浜田市三隅町の大麻山神社では、天日鷲命を主祭神の一柱として祀り、阿波国から祭神を勧請したという由緒が伝えられています。
また、栃木県と茨城県の県境に鎮座する鷲子山上神社(とりのこさんしょうじんじゃ・とりのこさんじょうじんじゃ)も、天日鷲命を祀る神社です。同神社の由緒では、大同二年(807年)、阿波国で盛んであった紙づくりの技術とともに、その守護神である天日鷲命を勧請したと伝えています。
このような神社の伝承は、阿波の人々が全国へ移動したことや、麻、織物、紙などの植物繊維を利用する技術と信仰が、地域を越えて広がった可能性を考える手がかりになります。
ただし、各神社の創建や勧請の由緒は、長く語り継がれてきた伝承を含んでいます。すべてを歴史的事実として断定するのではなく、文献、神社の由緒、地域に残る技術や産業との関係を照らし合わせながら調べる必要があります。
天日鷲尊を祀る神社を全国的に見ていくことは、阿波の信仰が広がった道筋だけでなく、和紙、麻、織物などの文化がどのように各地へ伝わったのかを考える研究にもつながります。
4.麁服(あらたえ)と阿波の麻文化
麁服とは、麻の繊維から作られる特別な織物です。
天皇の即位に伴って行われる大嘗祭[ii]で用いられるものとして知られています。
麁服作りでは、麻を栽培し、収穫し、繊維を取り出し、細い糸にし、その糸を織って布に仕上げます。
その工程には、非常に多くの時間と技術が必要です。
現在は、栽培、糸作り、織りなどを複数の人や地域が分担して行っています。しかし、かつては一つの地域の中で、栽培から織りまで一貫して行われていたと考えられています。
保存会では、この技術を将来に残すため、展示、調査、学校教育、他地域との交流、技術継承などの活動を行っています。
しかし、伝統技術を残すことは簡単ではありません。
技術を学ぶ人がいても、それを仕事として生活できる仕組みがなければ、次の世代まで継承することは難しくなります。
原料を育てる人、糸を作る人、織る人、記録を残す人、説明する人など、多くの人の協力が必要です。
これは和紙も同じです。
紙漉きの技術だけが残っていても、楮を育てる人や原料を処理する人がいなくなれば、紙を作ることはできません。
麁服と和紙は、どちらも原料、技術、人材、地域社会がつながって初めて成り立つ文化なのです。
5.なぜ忌部神社を訪れるのか
ここで、最初の問いに戻ります。
なぜ、和紙を学ぶ人が忌部神社を訪れるのでしょうか。
忌部神社を訪れる目的は、特定の宗教を信じてもらうことではありません。
この地域の人々が、自然や植物、祖先、仕事に対して、どのような気持ちを持ってきたのかを知ってもらうためです。
日本の神という言葉は、西洋の唯一絶対の神と同じ意味ではありません。
日本では、山、川、岩、木、風、雨などの自然に、人間を超えた力を感じてきました。また、地域に大きな功績を残した祖先や人物を、神として敬うこともあります。
それは、自然や先人に対する感謝と畏敬の表現でもあります。
紙を作るためには、植物、水、太陽、土、気候が必要です。
人間がどれほど技術を持っていても、雨が降らず、植物が育たず、きれいな水がなければ、良い紙を作ることはできません。
そのため、昔の人々は、自分たちの力だけで物を作っているとは考えませんでした。
自然の恵みを受け、先人から技術を受け継ぎ、多くの人の働きによって、自分たちの仕事が成り立っていると考えました。
忌部神社は、こうした地域の記憶や感謝の気持ちを象徴する場所です。
神社を訪れることで、阿波和紙が技術だけではなく、土地と人々の精神文化の中で育ってきたことを感じてもらいたいのです。
6.宗教的な配慮について
神社を訪れる際には、宗教や文化の違いに配慮する必要があります。
外国から来た人の中には、神社を訪れることや、礼をしたり手を合わせたりすることに抵抗を感じる人もいます。
そのため、神社訪問は信仰を求めるものではなく、地域文化や歴史を学ぶための訪問であることを、あらかじめ説明します。
参拝の方法を紹介することはできますが、実際に礼をするか、手を合わせるかは、それぞれの判断に任せるべきです。
大切なのは、形だけを同じように行うことではありません。
この場所を地域の人々が大切に守ってきたことを理解し、静かに見学し、敬意をもって接することです。
宗教の違いがあっても、自然を大切にすること、先人の仕事を尊重すること、地域の文化を守ることについては、共有できる部分が多いと思います。
7.山、川、植物、紙、人の循環
阿波和紙の文化を一言で表すなら、それは循環するものづくりです。
山や畑に植物を植えます。
雨が降り、土から栄養を受け、太陽の光によって植物が育ちます。
人は植物を収穫し、繊維を取り出し、紙や布を作ります。
できた紙や布は、生活用品、記録、芸術作品、祭礼などに使われます。
そして、使い終えたものは、再利用されたり、最終的には自然に戻ったりします。
また、人間の技術も循環します。
先人から技術を教わり、自分の世代で工夫を加え、次の世代へ伝えます。
植物の循環と、人間の知恵の循環が重なって、地域文化が続いてきました。
阿波和紙にとって、川田川をはじめとする水の存在も重要です。
水は原料を洗い、繊維を分散させ、紙を漉くために欠かせません。
山が水を蓄え、川が地域を流れ、その水を人々が利用して紙を作る。
神社、山、川、楮畑、紙漉き場は、それぞれ独立しているのではなく、一つの環境の中でつながっています。
8.地域文化としての阿波和紙
阿波和紙を紹介するとき、私たちは紙の強さ、色、手触り、用途などを説明します。
もちろん、それらは大切です。
しかし、阿波和紙の本当の価値は、完成した紙だけにあるのではありません。
楮を育てる人がいること、冬に刈り取る人がいること、冷たい水の中で原料を洗う人がいること、繊維を一つずつ選別する人がいること、紙を漉く人がいること、そして、その紙を使う人がいること。
そのすべてが阿波和紙です。
さらに、その背景には、山、川、神社、祭り、麻や織物の文化があります。
したがって、阿波和紙は単なる工芸品ではありません。
阿波の人々が自然とどのように付き合い、地域でどのように暮らし、技術をどのように受け継いできたのかを示す地域文化そのものです。
9.皆さんに見てほしいこと
これから忌部神社や周辺地域を訪れる際には、神社の建物だけを見るのではなく、その周囲の山、木、川、道、人々の手入れにも目を向けてください。
なぜこの場所に神社があるのか。
なぜ地域の人たちが掃除をし、水を替え、境内を守っているのか。
なぜ麻や楮がこの地域で育てられ、紙や布が作られてきたのか。
そして、なぜ現在もその技術を残そうとしているのか。
こうした問いを持って見学すると、阿波和紙の見え方も変わってくると思います。
一枚の紙の中に、植物の命、水の流れ、職人の手、地域の歴史、自然への感謝が含まれていることに気付くかもしれません。
10.まとめ
阿波和紙は、植物の繊維から作られます。
同じように、楮や麻の繊維からは糸や布が作られます。
紙と布は、植物を利用する人間の知恵によって生まれた、深い関係を持つ文化です。
阿波には、忌部氏にまつわる伝承、麁服の伝統、忌部神社、楮の栽培、和紙作りが残っています。
これらを一つ一つ別々に見るのではなく、山、川、植物、人、技術、信仰、暮らしが結び付いた一つの地域文化として見ることが重要です。
忌部神社を訪れる目的も、宗教を学ぶことだけではありません。
阿波の人々が自然や先人に感謝し、その恵みを受けながら紙や布を作り、暮らしを築いてきたことを知るためです。
私たちは、自然から原料を受け取り、紙を作り、生活や芸術の中で使い、次の世代へ技術を伝えます。
阿波和紙は、その長い循環の中にあります。
皆さんにも、和紙を単なる一枚の紙として見るのではなく、この土地の自然と人々の営みが重なって生まれたものとして感じてもらえればと思います。
[i] 糸や布:木綿(ゆふ)と太布(タフ)
[ii] 大嘗祭:
[i] 忌部神社:
