第2回 山に残る雁皮の記憶

―「ひぼ」「ひよ」と呼ばれた紙の木を追って

内在している問題――原料確保をめぐって

雁皮紙の製造がある程度安定し、それなりの評価をいただけるようになると、次に大きく立ちはだかったのは製造技術そのものではなく、原料となる雁皮の確保でした。紙漉きの技術が向上し、原料処理にも慣れてくることで製品の質は次第に安定していきましたが、販売が順調になるほど、今度は讃岐からの雁皮の入荷が滞り始めました。和歌山や高知、岡山にも供給を求めましたが、期待したような安定供給は得られませんでした。そこで初めて、雁皮紙を作ることと、雁皮そのものを継続的に確保することとは、別の難しさを持つ問題であると痛感しました。

東かがわ市五名、道端に忘れ去られたように紅葉している

それまで私は、雁皮について知っているつもりで話をしていましたが、実際にはいつ収穫できるのか、皮の剥ぎ方はどうするのか、どこの山中にいけば生育しているのか、山中で見分けができるのだろうかなどなど。何もわかっていないのではないか、と感じるようになりました。そこで、生育地を調べ、採取に関わる人の話を聞き、現状や苦労を少しずつ聞き書きしていくことにしました。調査を重ねるうちに、採取者にはおおよそ二つの型があるように思われました。ひとつは幼少期に家族と山に入り、採取の手伝いをした経験を持つ人たち、もうひとつは、ある程度の年齢になってから山仕事の傍らで採取を始めた人たちです。どちらの場合でも、その背後には集荷業者が存在し、依頼を受けて採取しているという共通点がありました。 また、讃岐山脈の中腹で暮らす七十代以上の方には、採取経験のある人が少なくありませんでした。「雁皮」という言葉は通じなくても、「ひぼ」「ひよ」「紙の木」といった呼び名なら今でも理解されることがありました。このことは、雁皮が単なる植物名ではなく、地域の生活や労働の記憶の中で、別の名とともに生きてきたことを示しているように思われます。実際に話を聞くと、「あの山のあそこにはたくさんあった」「向かいの山にも多いが、足元が悪くて素人には無理だ」「夏は蛇がおるからやめた方がいい」といった、土地に根ざした具体的な言葉が返ってきました。原料確保の問題は、単に量が 足りるか足りないかというだけではありません。そうした地域の記憶や採取の仕組みそのものが、すでに薄れつつあることとも深く関わっているのです。さらに考えなければならないのは、雁皮の生育地が誰かの土地であるという問題です。公有地であれ私有地であれ、適地に生える以上、人が採取しようとすれば所有や利用の問題が避けられません。雁皮紙の生産を今後も維持しようとするなら、この点は単なる採取の苦労話では済まず、入会権を含めた土地利用の問題として考える必要があります。雁皮紙の将来は、製造技術の継承だけでは支えきれず、原料をどう確保するかという根本課題に、知恵を出し合って向き合えるかどうかにかかっているように思います。

雁皮採取の実態―生育環境と収穫条件

雁皮の確保を考えるとき、まず知らなければならないのは、雁皮がどのような場所に生え、どのような条件のもとで採取されているかということです。実際に生育地を歩き、採取に関わる人々の話を聞いてみると、雁皮は楮や三椏のように人の手で整然と管理しやすい原料ではなく、特有の環境条件のもとに点々と生育する、きわめて見つけにくい植物であることがわかってきました。雁皮紙の生産が難しいのは、単に量が少ないからではなく、その採取そのものが経験と労力を要する仕事だからです。

雁皮の生育地にはいくつかの特徴があります。花崗岩質の土、日向け地、低木地などが条件として挙げられますが、それらが揃えばどこにでも群生するというものではありません。むしろ、日当たりを求めながら分散して生え、密集して生育することは少ないようです。そのため、ある程度の経験がなければ、他の樹木に紛れた雁皮を見つけることは容易ではありません。桜に似た木肌、二股に分かれる枝、小さな小判形の葉(図3)が交互につくこと、近くに姫ツツジがあること、獣道や間道の縁に立つこと、直立して伸びること、水分の少ない場所を好むこと、根が横に這うことなど、見分けるための手がかりはいくつもありますが、それらは書物の知識だけで身につくものではなく、現場で覚えていくほかないものです。

雁皮の小判形をした葉

こうした場所に生える雁皮を採取するには、雑木林を分け入り、足元の悪い山中を歩き回らなければなりません。採取には時間がかかり、量をまとめて確保することも難しい作業です。しかも、楮や三椏のように原木のまま束ねて持ち帰ることはできず、その場で剥皮して嵩を減らしてから運び出す必要があります。つまり、採取の段階ですでに大きな手間がかかっており、このことが雁皮紙の原料確保をいっそう困難にしています。雁皮紙の値打ちは、こうした採取の現場における見えにくい労力の上に成り立っているといえるでしょう。

もし仮に、雁皮をある程度まとまった場所で栽培でき、一か所で採取量を確保できるようになれば、原木を蒸して剥皮するなど、現在とは異なる工程も可能になるかもしれません。蒸した雁皮は光沢がなくなるという話も伝えられていますが、それがどこまで確かなことなのかは、なお検討の余地があります。雁皮の採取と利用をめぐっては、従来の経験に学ぶべきことが多い一方で、なお試してみるべき課題も残されているように思われます。

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