雁皮の事

雁皮紙は、紙の歴史が始まる頃から使われた光沢と透明感を持つ美しい和紙です。

その製造には大変な手間がかかります。

今回から数回に分けて、私自身が雁皮紙に向き合ってきた経験と、そこから見えてきた原料・技術・歴史について記録したいと思います。

第1回 雁皮紙を漉き始めたころ

試行錯誤の中で見えてきた紙の本質

私が雁皮紙の製造に本格的に向き合い始めたのは、三十数年前、讃岐から雁皮を持ち込まれたことがきっかけでした。当時、紙漉きに携わってすでに十数年が過ぎていましたが、その大半は楮紙の製造であり、雁皮紙を漉いた経験はありませんでした。先代から製法の伝授を受けていたわけでもなく、需要の強い要望があったわけでもなく、この麻植郡には雁皮紙の製法も紙も知っている人はいませんでした。

ただ、「青年の集い」という自称若手の紙漉きが年に一度集まる機会がありました。そこでは、それぞれが自慢の自作和紙を持ち寄って品評し、楮紙、三椏紙、雁皮紙などを誇らしげに回覧していました。私は三椏紙や雁皮紙は製造していなかったので忸怩たる思いで手に取ったことを今でも懐かしく思いだします。

今にして思えば、その体験は私にとって大きな刺激でした。「やればできるのではないか」という向こう見ずな思いもあったのでしょう。興味に背中を押されるようにして始めたその試みは、結果として、雁皮紙の品質を支えるのが特別な秘法ではなく、原料処理と塵取りにどこまで手間をかけられるかに尽きることを知ることでした。

知識としては雁皮紙のことを知っていましたが、実際の製造は見よう見まねの手探りでした。参考にしたのは『最新和紙手漉法』や『手漉和紙大鑑』であり、また京都へ行く折には宝塚の谷野さんの工房を訪ね、原料処理の方法などを教えていただいたことでした。谷野さんとは、間合紙に徳島産の銀梅草の根を粘剤として使っているご縁もあり、親しくしていただいていました。さらに金沢の加藤製紙さん、滋賀の成子さん、出雲の阿部さん、岡山の丹下さんらにも教えを乞い、あれこれの情報を頼りに原料づくりの準備から始めました。

当時、どこの産地も除塵には苦労していたようで、フラットスクリーンという除塵機を使っていました。ある時、ニューヨークから来られた写真家が、プラチナプリント用の雁皮紙を探して徳島を訪ねてこられました。制作工程や用紙に求める性能について詳しく話を聞かせていただきましたが、要望は理解できても、思うような紙にはなかなか届きませんでした。除塵についてはフラットスクリーンの力を借りて一定の成果はありましたが、結局のところ、手で皮を剥ぎ、塵を取り、さらに目視で確認するという人の労力を抜きにしては解決できませんでした。

紙漉きの工程でも試行錯誤が続きました。紗に柿渋を塗るところから始め、紙漉き用の紗を探し、高知県の製紙試験場で絹紗づくりや柿渋塗布の講習会に参加したときの資料を探し出して、見よう見まねで試しました。漉きの工程では、ベテランの紙漉き職人に溜漉き風の方法を試してもらい、漉き重ねました。その当時早々と化学粘剤を利用していたために紙床の床離れが悪く苦労しました。粘剤を黄蜀葵に変えたり、湿紙の間に「合い紙」を入れる工夫もしました。その合い紙も、木綿布より不織布の方が一人で扱いやすいのではないかと考えて使い始めましたが、それでもなお、思うようにゴミはなくなりませんでした。

フラットスクリーンのクランクの上下動を調節したり、スクリーンのスリット幅を変えたりと工夫を重ねる一方で、ある日、再び京都からの帰りに立ち寄った谷野さんの工房で、白く塵を除去した雁皮が竹籠の上に干されているのを見ました。それは光沢と透明感のある、神々しいほどに美しい繊維でした。太陽の光に輝いて見えました。ここまで手をかけなければ、本当に良いものはできないのかと強く感じたことを覚えています。

結局、良質な雁皮紙をつくるための結論は、ごく当然のことでした。手間を惜しまず、塵取り作業を重ねること。それ以外に近道はありませんでした。しかし、その当然のことこそが、最も重い事実でもありました。

前述の写真家の要望に、当時は十分応えることができませんでした。それでも、その経験はその後の雁皮紙づくりに大きな意味を持ちました。

現在では、プラチナプリント用雁皮紙、小口木版画用紙、エッチング用紙として、HM-5、HM-32、土入り雁皮紙などを製造販売しています。最初は手探りで始めた雁皮紙でしたが、その試行錯誤の過程を通して、私は紙の品質とは何か、そして紙づくりにおける手間とは何かを、改めて学ぶことになりました。

雁皮紙、HM-5
https://awagami.jp/products/0305000?_pos=1&_sid=1e5fe2c09&_ss=r

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