広重《阿波 鳴門の風波》復刻の記録
波頭のキラを追って

江戸の浮世絵師、歌川広重は、徳島にちなむ作品を二点のこしています。
一つは、雪月花に見立てた三枚続きの《阿波 鳴門の風景》。もう一つは、《六十余州名所図会》の一図、《阿波 鳴門の風波》です。私がこの作品に惹かれたのは、広重の青の美しさだけではありませんでした。そこには、阿波の藍や和紙へとつながる、どこか深い縁のようなものを感じたのです。
私が広重の版画との縁は、和紙の仕事に入った頃に遡ります。藍染めの勉強で県立工業技術センターに通っていた頃、技官の方から「鳴門の風景」を見せられ、「この一文字ぼかしは蓼藍で描いた」と教えられました。私はその青に、思いがけず心を奪われました。ただ青いのではない。静かなのに深く、澄んでいるのにどこか熱を帯びている。その青が、ずっと胸のどこかに残ったのです。いつか、阿波の蓼藍と阿波の和紙で、広重の世界に近づくことができないだろうか。そんな思いは、長いあいだ心のどこかに抱いていました。
そのために、私は版画に適する和紙づくりから始めました。
当時はまだ版画用の紙を作っていたわけではありません。文化庁の『手漉き和紙』を手がかりに、楮の植栽からやり始めたのです。今思えば、ずいぶん遠回りにも見えます。けれど、紙から作らなければ近づけない世界があるように思えました。
それまで「紙漉きは百姓をしない」と思っていた者が、畑に出るようになった。慣れない仕事は大変の一言でしたが、同時に、自分の足元からものづくりを考え直す日々でもありました。
阿波の一図を復刻したいと思った

先に復刻できたのは《阿波 鳴門の風景》でした。版木を保有している工房があり、摺りをお願いすることができたからです。
ところが、二点目の《阿波 鳴門の風波》はそう簡単にはいきませんでした。《六十余州名所図会》の一部でしたので、再販するところがなかったので版木が残っていません。つまり復刻するには、元版作りから始めなければならないということです。しかも、どの作品を手本にするかを慎重に見極める必要がありました。県内の美術館や博物館にも問い合わせましたが、私の知識だけでは決め手となる元版にたどり着けず、計画はいったん棚上げとなりました。
思いがあっても、進めない。近づきたいのに、入口が見つからない。
あの頃のもどかしさは、今でもよく覚えています。
原安三郎コレクションとの出会い

それが思いがけず動き出したのは、二〇一六年にサントリー美術館で開催された「原安三郎コレクション 広重ビビット」展の情報を知ったときでした。早速カタログを取り寄せて読み始め、私は驚きました。コレクターの原安三郎氏が徳島県人だったからです。
広重の作品を追っていて、徳島ゆかりの大コレクターに行き当たる。しかも、その生家は藍商であったといいます。広重、阿波、藍。ばらばらに見えていたものが、ここで一本につながったように感じました。何かの引き合わせとしか思えず、復刻したいという思いが急に現実味を帯びてきました。
原安三郎という人物の足跡をたどると、財界人としての業績だけでなく、書画骨董に深い理解を持ち、広重や北斎の初摺の「揃い物」を収集した、その眼の確かさにも強く心を打たれました。作品を集めたのではなく、作品のいちばんよい瞬間を見極めようとした人だったのだと思います。
初摺でしか見えないもの
原安三郎コレクションを管理されている方々のご厚意で、私は版元、彫師、摺師とともに、東京で初摺を見る機会を得ました。
ここで初めて知ったのは、浮世絵は図柄や写真集を見ていてはわからない、ということでした。それは学芸員の小池さんの強い思いでもありました。
とりわけ忘れられないのは、「キラ」の存在です。
波頭に施された雲母の光が、見る角度によって、ふっと立ち現れる。写真では消えてしまう、印刷物には残らない。けれど実物の前に立つと、たしかにそこにあります。障子越しの光や、蝋燭、行灯のような弱い灯りのもとで、波が一瞬きらりとする。その一瞬のために、これほど手がかけられている。私はそのことに驚きました。そこには、江戸の人が楽しんだ粋や遊び心のようなものが、静かに息づいていました。
私はそれまで、浮世絵を「絵」として見ていたのだと思います。
しかし、初摺は違いました。そこには彫りの冴えがあり、摺りの企みがあり、版元の判断があり、見る光まで計算に入れた仕事がありました。目の前の一枚は、ただ美しい絵ではありませんでした。絵師、彫師、摺師、版元が力を合わせてつくり上げた、息づく仕事そのものでした。
ぼかしが海を動かす
さらに心を奪われたのは、鳴門の渦に沿って施された藍のぼかしでした。
広重の風景画では、空や水にぼかしが巧みに使われていますが、《阿波 鳴門の風波》では、それが単なる濃淡では終わっていません。波のうねりに呼応するように青が入り、海そのものが息をしているように見えるのです。
とくに、拭きぼかしや当てなしぼかしのような技法は、摺師の腕がそのまま画面に現れます。版木を彫るだけでは、この海は生まれません。摺りの技量によって、はじめて鳴門の水が動き始めるのだと思いました。私はそのことを、初摺を前にしてようやく実感しました。
広重の青は、ヨーロッパで「ヒロシゲブルー」と呼ばれました。そこにはベロ藍の鮮やかさがあります。ですが私にとって、それ以上に大事だったのは、その青をどの紙が受け止めるのか、ということでした。青は絵具だけで生まれるのではない。紙があって、はじめて青は青として立ち上がるのだと思ったのです。
阿波和紙で摺る意味

今回の復刻では、どうしても阿波和紙を使いたいと思っていました。
阿波の風景を描いた広重を、阿波の和紙で摺る。そのことには、理屈を超えた意味があるように感じていたからです。
けれど、木版画用の紙は、ただ白くて丈夫ならよいというものではありません。平滑であること、弾力があること、摩擦に耐えること、絵具をにじませず、それでいてしっかり受け止めること。紙は土台ではなく、表現そのものの一部です。

私はその紙を、自分の足元から考え直しました。
楮を植え、収穫し、黒皮から白皮をつくり、塵を取り、煮熟し、打解し、ようやく漉く。紙漉きだけでも一仕事なのに、そこへ農の仕事が加わります。慣れない百姓仕事は容易ではありませんでした。それでも、原料から見直さなければ、自分の作りたい紙には届かないと思ったのです。
畑に立つことも、紙を漉くことも、遠回りではなかったのでしょう。すべては、あの一枚に近づくための時間だったのだと、今は思えます。
紙が変われば、摺りも変わる

実際に摺りの現場に立つと、紙の違いがどれほど大きいかを思い知らされました。紙色による発色の差、バレンの当たり具合、表面の強さ、吸湿の癖。使い慣れた紙ではないからこそ、摺師はその日の空気や水分を見ながら細かく調整していきます。藍を強くする、ドーサを見直す、水を増減する。そうした小さな調整の積み重ねが、最終の仕上がりを決めるのでした。
そのような、気遣いが必要だとも知らず、波の部分にベロ藍と一緒に徳島の本藍を使って表現できないかと、少し無理なお願いをしていました。波のうねりに深みを持すために本藍を入れました、との説明を受けました。私は、言われる前からその波色の深さに心を奪われていましたが、その言葉を聞いて、はじめて腑に落ちました。渦へ向かって吸い込まれるような、あの深淵さは、そうして生まれていたのです。見ているうちに、思わず渦の中へ引き込まれていくような錯覚さえ覚えました。
試し摺りが届き、校正を重ねるなかでは、何度も不安にもなりました。線の強さはこれでよいのか。渦の中の青の深みは足りているか。キラは出すぎていないか、足りないのではないか。何より、紙はこの画面の邪魔をしていないだろうか。
紙漉きとして加わった者には、その不安がつきまといます。けれど同時に、一枚の画面のために、彫師も摺師も版元も、それぞれの持ち場で力を尽くしていることがよく見えてきました。
ものを作るというのは、結局、人が人を信じて仕事をつなぐことなのだと思います。
自分の持ち場を尽くしながら、最後は誰かの技を信じる。その積み重ねがなければ、一枚の版画は完成しません。
木版画は、今も生きている
今回の復刻を通して、私はあらためて思いました。
浮世絵は、過去の名品を眺めるだけのものではありません。そこには、今もなお再現し、考え、手を尽くしながら近づいていくことのできる、生きた仕事があります。二百年余り前の初摺を見つめ、その時代の意図に耳を澄ませながら、現代の素材と技術で応えていく。復刻とは、単なる写しではなく、当時の仕事の精神に学び直す営みなのだと思います。
広重の《阿波 鳴門の風波》は、私に木版画の面白さをあらためて教えてくれました。
絵の美しさだけではありません。彫りの切れ味、摺りの呼吸、紙の受け止め、そして光のなかで初めて見えるキラ。そうした一つ一つが重なって、はじめて一枚の版画が生まれます。

木版画とは、なんと贅沢で、なんと手間のかかる芸術なのでしょう。
しかし、その気の遠くなるような手間の先にこそ、人の心を動かす一枚が待っているのだと思います。
そして、技と技のぶつかり合いの中から生まれるコミュニケーションこそが、木版画を過去のものにせず、今もなお生きた仕事として支えているのだと思います。
復刻工程の記録映像
阿波和紙による《阿波 鳴門の風波》復刻の工程を、映像にまとめました。本文とあわせてご覧いただければ、彫り・摺り・紙の仕事が一枚に結実していく流れを、より具体的に感じていただけると思います。
参考資料
- TBSテレビ:広重ビビット 原安三郎コレクション
- 芸艸堂:浮世絵「名所江戸百景」復刻物語
- 文化庁編集:手漉和紙 無形文化財記録・工芸技術編3
- 日本化薬:原安三郎翁追憶録
- The British Museum : Hiroshige artist of the open road
- 広重「阿波 鳴門の風波 復刻版」:https://awagami.jp/products/9514003?_pos=3&_sid=7380942f9&_ss=r
- 楮紙 木版画用 9匁:https://awagami.jp/collections/waterwoodblock/products/kozo_mokuhan_9
- 復刻工程の記録映像:https://www.youtube.com/watch?v=Gxc3PtCG_BM

