華林製紙工房遺跡から読み解く古代製紙技術(第1回)

―現地踏査から見えてきた問題構造―


本記事では、中国江西省の華林製紙工房遺跡を手がかりに、古代製紙技術の実態を考えます。
とくに、抄紙工程における植物性粘剤(紙薬)の役割に注目し、日本の和紙技術との関係も視野に入れながら検討します。
第1回では、現地踏査を通じて得られた知見を整理し、本研究の出発点となる問題構造を提示します。

前文

中国の製紙工房に関心を抱いた契機は、製紙という同一の技術が地域によって大きく異なる姿を示すことへの疑問であった。1999年6月、江西省芦渓県の紙漉き場を訪れた際、レンガ造りの工房で独特の簀桁操作によって紙が抄造されている様子を観察した。そこで目にした漉き舟脇の容器に満たされた緑色の液体は、当時は特に意識されなかったものの、後年、製紙技術史を再考する契機となった。

宋応星『天工開物』に描かれた製紙図像を読み直す過程で、紙薬に関する記述が日本における一般的理解と必ずしも一致しないことに気づいた。日本では、植物性粘剤(ネリ)の使用が和紙技術の特徴として理解されることが多いが、中国文献には根や樹皮ではなく葉を用いる例が示唆されている。この相違は、紙薬技術の成立過程そのものに再検討の余地があることを示しているように思われた。

従来、日本の製紙史研究では、粘剤使用技術は日本的展開として語られる傾向があった。一方、中国側では製紙遺跡の体系的考古学研究が比較的近年まで十分に進んでおらず、文献記述と実際の生産現場との関係は必ずしも明確ではなかった。

江西省高安市周嶺に所在する華林製紙工房遺跡は、宋・元・明期にわたる製紙工程を示す数少ない考古学的事例であり、水力利用施設、原料処理設備、抄紙房を含む生産体系が確認されている。本遺跡は、文献に依拠して理解されてきた中国製紙技術を、物的証拠に基づいて再検討するための重要な資料を提供する。

江西省高安市周嶺村遠景

本稿では、華林製紙工房遺跡の現地踏査と発掘資料の検討を通じて、古代製紙工程の構造を再構成し、とりわけ抄紙操作における紙薬(ネリ)の技術的位置づけを検討することを目的とする。さらに、日本の製紙技術史との比較を通じて、植物性粘剤を用いる抄紙技術が東アジアにおいてどのように成立・展開したのかを考察する。


第一章 現地踏査により浮かび上がる問題構造

本章では、江西省高安市周嶺に所在する華林製紙工房遺跡の現地踏査を通じて得られた知見を整理し、本研究の出発点となる問題構造を明らかにする。なお、現地訪問の詳細な経過および体験的記述については、別稿「華林の谷に立つ」において紀行文として報告しているため、本章では研究上必要な事項に限定して記述する。

1-1 現地踏査の概要

2025年9月、筆者は江西省高安市周嶺に所在する華林製紙工房遺跡を訪問し、現地における地形および遺構配置の確認を行った。本遺跡は江西省北西部、九嶺山脈南東斜面の山間部に位置し、谷沿いに小規模な水系が発達する地形環境を有する。周辺は竹林に覆われており、豊富な水資源と原料供給条件を兼ね備えた地域であることが確認された。

このような自然条件は、竹紙製造を前提とした古代製紙業の立地要因として極めて合理的であり、遺跡の成立を支えた基盤的条件であったと考えられる。

1-2 現地観察から得られた知見と限界

現地踏査において最も顕著であったのは、遺構の多くが地中に埋没し、製紙工程の全体像を直接把握することが極めて困難であるという点であった。

発掘調査後に整備されたとされる施設の一部は確認できたものの、それらは必ずしも当時の工程を再現したものではなく、また風雨による劣化も進行している状況にあった。加えて、谷沿いという立地条件から、洪水や地盤沈下による地形変化の影響を受けている可能性も高いと推測される。

さらに、現地において製紙工程を体系的に説明する案内板や専門的解説は整備されておらず、遺構の機能や工程上の位置づけを理解するための情報は極めて限定的であった。

また、高安市の関係機関においても、発掘時の詳細な構図や工程図に関する資料の保存状況は十分とは言えず、現地観察のみでは製紙工程の復元に至らないことが明らかとなった。

このような状況は、華林製紙工房遺跡の理解が、現地観察単独では成立せず、考古学的発掘報告および文献資料との統合的検討を必要とすることを強く示している。

1-3 研究課題の抽出

以上の現地踏査の結果、本研究において検討すべき課題は次の三点に整理される。

第一に、遺構の空間配置と製紙工程との対応関係の解明である。
谷沿いに連続する遺構が確認されるものの、それぞれが工程のどの段階に対応するかは現地のみでは判断できない。

第二に、文献記述と考古学的実態との関係の再検討である。
特に『天工開物』に記された製紙工程が、実際の生産現場をどの程度反映しているのかは重要な問題である。

第三に、抄紙工程における紙薬(植物性粘剤)の技術的位置づけの解明である。
現地では紙薬に関する明確な説明や設備機能を特定することができず、その実態は文献および発掘資料に依拠する必要がある。

とりわけ第三の課題は、本稿の中心的テーマであり、従来の製紙技術史において日本独自の発展とされてきた粘剤使用技術に対し、再検討を迫るものである。

まとめ(第1回の位置づけ)

本稿では、華林製紙工房遺跡の現地踏査を通じて、製紙工程の全体像を現地のみから把握することの困難さと、文献・考古資料との統合的検討の必要性を確認した。

次回は、中国側の発掘報告および関連文献をもとに、華林製紙工房遺跡における製紙工程の具体的構造を再構成する。

なお、現地訪問の詳細な経過および体験的記述については、別稿「華林の谷に立つ」において紀行文として報告しているため、本章では研究上必要な事項に限定して記述する。

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