華林製紙工房遺跡から読み解く古代製紙技術(第2回)
―発掘資料に基づく製紙工程の全体像―
前回は、華林製紙工房遺跡の現地踏査を通じて、製紙工程の全体像を現地のみから把握することの困難さと、文献・考古資料の統合的検討の必要性を確認した。
本稿では、中国側の発掘報告、特に王意乐・刘金成・肖发标による「江西高安市华林造纸作坊遗址发掘简报」を中心に、遺跡の構成と製紙工程の対応関係を整理し、古代製紙技術の具体的構造を明らかにする。
1.華林製紙工房遺跡の発見と学術的位置づけ
江西省高安市周嶺に所在する華林製紙工房遺跡(図1)は、2005年の文物調査において水碓遺構群が確認されたことを契機に注目され、その後2007年および2009年に本格的な発掘調査が実施された。

本遺跡は宋・元・明の三時代にわたって操業された製紙工房跡であり、中国において初めて科学的に発掘された古代製紙遺跡として重要な位置を占める。特に、遺構の数と種類が極めて豊富であり、長期間にわたる生産活動の継続性が確認されている点に特徴がある。
発掘調査により、原料処理から抄紙、乾燥に至るまでの工程が一連の施設群として確認され、従来文献に依拠して理解されてきた製紙技術を、物的証拠に基づいて再検討することを可能とした。
2.確認された主な遺構と機能
発掘報告によれば、華林製紙工房遺跡では以下のような製紙関連施設が確認されている。
(1)原料処理関連施設
- 竹・麻の浸漬坑(沤竹麻坑)
- 灰焼成坑(灰坑)
- 蒸煮に伴う焼土遺構
- 石灰堆積跡
- 灰混合作業台
これらは、原料の発酵・軟化・アルカリ処理といった前処理工程に対応する施設である。
(2)水力搗解施設(水碓)
遺跡周辺の谷沿いには多数の水碓遺構(図 2)が確認されている。水碓は水力を利用して原料を搗解し、繊維を解繊する装置であり、本遺跡では計14基がある。
その構造は導水路、水車池、作業場から構成され、効率的な水力利用が図られていたことがうかがえる。

(3)抄紙関連施設
- 抄紙房(抄紙池)
- 紙薬関連施設(紙薬鍋と推定される設備)
- 排水溝・貯水池
抄紙工程に関わるこれらの施設は、製紙工程の中核を構成するものであり、繊維懸濁液の調整および紙の成形が行われた場である。
(4)乾燥・仕上げ施設
- 焙紙房(乾燥施設)
- 烘炉関連構造
抄造された湿紙を乾燥させるための設備であり、製品完成に至る最終工程を担っていた。
3.製紙工程の再構成
これらの遺構を工程順に整理すると、華林製紙工房遺跡における製紙工程は以下のように再構成される。
① 原料の採取と浸漬
竹や麻を採取し、水中に浸漬して発酵・軟化させる。
② アルカリ処理・蒸煮
灰や石灰を用いたアルカリ処理と蒸煮により、繊維の分離を促進する。
③ 水力による搗解
水碓を用いて原料を搗き、繊維を細かく解繊する。
④ 洗浄・漂白
繊維を水洗し、不純物を除去する。
⑤ 紙漿調整と抄紙
紙漿を水中で調整し、簀を用いて抄紙を行う。この工程において、繊維の均一分散を可能にするために紙薬(植物性粘剤)が使用されたと考えられる。
⑥ 圧搾・乾燥
抄造された湿紙を重ねて圧搾し、水分を除去した後、乾燥施設で仕上げる。
4.『天工開物』との対応関係
華林製紙工房遺跡の工程構成は、明代末期に宋応星が著した『天工開物』に記された竹紙製造工程と高い対応関係を示している。
すなわち、
- 斬竹漂塘(原料処理)
- 煮楻足火(蒸煮)
- 蕩料入簾(抄紙)
- 覆簾圧紙(圧搾)
- 透火焙乾(乾燥)
といった工程が、遺構として具体的に確認される点において、本遺跡は文献記述の実在性を裏付ける重要な資料である。
このことは、『天工開物』が単なる理論書ではなく、実際の生産現場を反映した技術記録である可能性がわかる。
※ 本表は発掘報告および『天工開物』記載内容をもとに、著者が整理した。
① 遺構/工程別対照表(日本語/中国語併記)
以下は、華林造紙作坊遺址で確認された主な造紙原料加工~抄紙・乾燥に至る工程と、対応する遺構/設備の対照表です。

② 年表:天工开物記載プロセスとの対照(日本語/中国語併記)
以下は「造竹紙」に関して、天工开物で記された主なプロセスと、華林遺址の調査状況を併せて示した年表形式です。

5. 華林造紙作坊遺跡の「紙薬」記述をどう読むか黄蜀葵か、
黄蜀葵か、それとも在地植物か
江西省高安市華林造紙作坊遺跡の発掘報告には、元代の抄紙房に関する重要な記述がある。報告書は、H9〜H12、G2、柱穴Z1〜Z7を元代の抄紙房に関わる遺構とみなし、その中でH11について「紙薬」を入れた陶缸を置くための施設と解釈している。そして続けて、「宋代以后,多用植物粘液做‘纸药’,使纸浆均匀,常用的‘纸药’是杨桃藤、黄蜀葵等」と述べている。つまり、宋代以後には植物粘液が紙薬として用いられ、紙料を均一にする役割を果たしていたと説明しているのである。

この一文だけを見ると、華林遺跡で黄蜀葵が実際に使われていた、と理解したくなる。しかし、報告書を慎重に読むと、ここには一つ大切な留保が必要である。報告書はH11を紙薬用陶缸の設置坑と推定しているが、そこから黄蜀葵そのものが出土したとは書いていない。種子、植物遺体、花粉、あるいは残留成分の分析結果も示されていない。したがって、この記述は「華林遺跡で黄蜀葵の使用が考古学的に直接確認された」という意味ではなく、「宋代以後の抄紙技術に関する一般的知識を背景に、紙薬の代表例として黄蜀葵や楊桃藤を挙げた説明」と理解するのが妥当である。
報告書の記述の根拠はどこにあるのか
では、このような記述の根拠はどこにあるのだろうか。おそらく報告書執筆者は、遺跡から直接得られた植物学的証拠ではなく、製紙史や抄紙技術に関する既存の文献知識を背景として、この説明を書いている。報告書全体を見ても、遺構の機能解釈には文献との照合が多く用いられており、明初遺構の説明でも『天工開物』を参照しながら、浸竹麻塘、排灰と発酵の工作台、焼灰碱の灰坑などの機能を比定している。紙薬についても同じく、抄紙房と考えられる遺構群の中にH11を位置づけ、その用途を説明する流れの中で、宋代以後の一般的な紙薬材料が挙げられたと考えるのが自然である。
つまり、報告書の文章は「この遺跡から黄蜀葵が出た」という報告ではなく、「紙薬を置く施設と考えられる遺構がある以上、その中身としては宋代以後によく知られた植物粘液が想定される」という考古学的推定である。その意味で、この一文は貴重ではあるが、同時に一般論でもある。
黄蜀葵をそのまま当てはめてよいのか
ここでさらに考えたいのは、華林遺跡のような江西の製紙遺跡に対して、黄蜀葵をそのまま代表的紙薬として置いてよいのか、という点である。
もし文献史料だけを見れば、黄蜀葵はたしかに紙薬の代表例の一つであっただろう。しかし、実際の製紙現場は、いつの時代も地域の植生と採取可能な材料に大きく左右される。紙薬に使う植物粘液もまた、理論上の代表例と、現実の使用植物が必ずしも一致するとは限らない。とりわけ江西省から湖南省にかけての現地を歩くと、多くの紙漉きの現場では、山香や山胡椒系の植物が紙薬として用いられている。こうした地域の実態を踏まえるなら、華林遺跡の紙薬を考える際にも、黄蜀葵だけを前提にするのではなく、在地植物の利用をまず視野に入れるべきではないかと思われる。
この点で、報告書の「楊桃藤・黄蜀葵」という書き方は、中国製紙史の一般論としては理解できるが、江西という地域の具体的な技術復元としては、やや平板に感じられる。むしろ、江西・湖南の山地環境において入手しやすく、実際の紙漉き現場で長く用いられてきた山香・山胡椒系植物こそ、より重視して検討されるべき候補であろう。
在地植物から見直す必要性
考古学報告では、遺構の機能を説明するために文献知識が援用されることが多い。それ自体はごく自然な方法であり、華林遺跡報告もその延長上にある。しかし、製紙技術のように地域性が強く、素材選択が自然環境に左右される分野では、文献知識だけでは十分でない。現地の植生、現在や近過去の職人の聞き取り、地域ごとの伝承植物、さらには採取時期や保存方法まで含めて考えなければ、実際に使われていた紙薬の姿には近づけない。
華林遺跡の「紙薬」記述は、まさにそのことを教えてくれる。報告書は、H11を紙薬用陶缸の設置坑とみなし、植物粘液を紙薬として挙げた。この推定自体は妥当である。しかし、そこで例示された黄蜀葵を、そのまま華林の現場における実使用植物として受け取るのは慎重であるべきだろう。江西・湖南のフィールドワークによって山香や山胡椒系植物の使用が広く確認されるならば、華林遺跡の紙薬もまた、そのような在地植物を中心に再検討されるべきである。
おわりに
華林造紙作坊遺跡の報告書に見える「楊桃藤・黄蜀葵」という表現は、紙薬に関する重要な手がかりである。しかし、それは黄蜀葵の使用を直接証明するものではなく、宋代以後の抄紙技術に関する一般的な知識を踏まえた説明と読むのが適切である。むしろ、江西から湖南にかけての紙漉き現場で、山香や山胡椒系植物が紙薬として多く用いられている実態を考えるなら、華林遺跡の紙薬についても、地域の自然環境と技術伝承に根ざした視点から見直す必要がある。
考古学、文献史学、そして現地調査。この三つを重ね合わせてはじめて、華林の抄紙技術の実像に近づくことができるのではないだろうか。華林遺跡の「紙薬」記述は、その出発点としてきわめて興味深い問題を含んでいる。
まとめ(第2回の位置づけ)
本稿では、華林製紙工房遺跡の発掘資料をもとに、原料処理から抄紙、乾燥に至る製紙工程の全体像を再構成した。
その結果、本遺跡は水力利用と工程配置が高度に体系化された生産空間であり、『天工開物』に記された製紙工程と高い対応関係を有することが明らかとなった。
次回は、これらの知見を踏まえ、抄紙工程における紙薬の技術的意味を、考古学資料・文献・実践知を統合して検討する。
参考文献
王意乐・刘金成・肖发标
「江西高安市华林造纸作坊遗址发掘简报」
『考古』2010年第8期
【補講】
黄蜀葵とは何か
報告書に見える黄蜀葵は、紙漉きに使われる植物性粘液の材料として挙げられている。これは、日本の和紙づくりでよく知られるトロロアオイを連想させるもので、抄紙の際に繊維を均一に分散させる役割を担ったと考えられる。報告書でも、「紙薬」は紙漿を均一にするためのものとされており、黄蜀葵はその代表例として示されている。
和紙の製造では、繊維が水中で沈みすぎたり、かたまりになったりすると、きれいな紙層を作ることができない。そのため、粘液質を加えて水の流れを調整し、繊維をむらなく広げる工夫が必要になる。黄蜀葵は、そのような働きを持つ植物として理解できる。したがって、華林遺跡における黄蜀葵の記述は、中国の抄紙技術と日本の流し漉き技術とを考える上でも、きわめて興味深い。
楊桃藤とは何か
もう一つ、報告書で黄蜀葵と並んで挙げられているのが楊桃藤である。これもまた植物粘液を得るための材料として扱われており、「紙薬」の原料の一つとされている。つまり、黄蜀葵と同じく、紙漿の繊維分散を助け、抄紙を安定させるために用いられた植物であったと考えられる。
ただし、今回の発掘報告では、楊桃藤について植物学的な種の同定までは示されていない。そのため、現段階では「中国の抄紙工程で用いられた、つる性植物由来の粘液材料」と理解するのがもっとも慎重である。むしろ重要なのは、その植物名の厳密な同定よりも、中国の製紙現場において、黄蜀葵とは別系統の植物粘液も紙薬として利用されていたという事実であろう。
この点は、植物粘液の利用が一種類の材料に限られず、地域や時代に応じて複数の材料が選ばれていた可能性を示している。華林造紙作坊遺跡の記述は、紙薬の技術がかなり柔軟で、かつ地域的特色を持っていたことを考えるうえでも重要である。

